ジャワの暮らし48

2013/01/11 過去のブログ(エキサイトブログ)より

昨日はマルギさんのおじさんのご葬儀がありました。
ジョグジャカルタのダラン、演奏家がたくさん集まり、にぎやかに行われました。故人を偲ぶ思い出話、ダランの弔辞にヤジをとばすダラン、「長い!五分でまとめろ!」「わははは」など。そして素晴らしいガムランの演奏。皆の祈りとともにおじさんは埋葬されました。
これから七日間、ご家族はお祈りを続けます。

おうちでは、薪にどうぞともらった木や竹が渇いたので、取り込みます。


一番重たいのを運びたいとはりきるこども。

お母さんと私はお米を研いだり、夜のおかずをどうしようか、いやそれよりもまず母さんは川に行きたい、しかしまだ昼ごはんも食べ終わってないし、それになにより眠くてしょうがない、などと話しながら台所をうろうろしていると、


行商のお兄ちゃんがやって来た。
こどもの服や、布団のシーツ、ござ、洋傘、バスタオルなどが、バイクにびっしり積まれてる。
こどもたちは喜んで服を選びました。さて、お支払を、、、と思うとお兄ちゃんは、
「三ヶ月の借りとさせてもらいます」
というのでした。今すぐ払いますよ、その方がお互いいいでしょうといっても、お兄ちゃんは首をふります。
「は?」と私は思い、この商売の仕組みを詳しく聞いてみることにしました。
お兄ちゃんは西ジャワ出身、ジャワの西部から中部にかけて、こういった商品を売り歩くのが仕事。実際には広いジャワのエリアから、4,5つほどの町に絞り、年間通じて動くという。
それぞれ現地にバイクをキープしており、移動は列車(時にはバイクでそのまま次の町に入ることもある)、滞在中は家を借り、商品を売り歩く。売れたらマイ手帳にメモをし、お金を受け取らずに家々を後にする。そして、三ヶ月後同じ町に今度は手ぶらで戻ってきて集金だけを行う。
そして次の町へ。

「こういうことさ」とお兄ちゃんはいうのでした。
「一体どういうことさ」と私はまた聞くのでした。
その方法だと、回収できないリスクがあるでしょう、”シーツ?はて、しらんのぉ”、と言われるかもしれないし、引っ越していなくなってるかもしれないし。
それに、集金だけしにくるんじゃなくて、その時も商品を持っていって集金と販売を並行して行うとか。
そもそも、3ヶ月待つ間、お兄さんはどうやって暮らしてるの。
するとお兄さんは
「食べることや、寝る場所は家族がいるし問題ないよ、3ヶ月待つこの仕組みを不思議に思うかもしれないけど、こういう商売が実際あるんだよねぇ、回収できないことももちろんあるけど、それはそれ。そうだな、この仕事はくじ引きみたいなものかなぁ。」
といいました。

私はさっぱりわからないのでもう聞くのを諦めて、お母さんや近所のおばちゃんが服を選んだり交渉してる横で、これまでのお兄ちゃんの話から想像し、筋立ててみることにしました。

まず、3ヶ月の借りシステム、これは、即金払いじゃないことによって、「お金ないない、帰って」と門前払いされない、商品をみてもらえ商売のチャンスが広がる。
そして今すぐ払わなくてもいいのでお客さんとしてはちょっとこタオル使ってみようかな、とかお金のことはまた明日考えればいいや、というゆったりした気持ちになってくる、それもあって値引き交渉の際それほど値切られたりしない。

日本の、置き薬システム?とも少し違うか。人間の心理をうまいことついた商売・・・?
しかし、まだ気になります。
各地でバイクを管理し、宿を手配し、滞在中の諸経費もいろいろかかって、時には回収もできず、商品もそれほど高くない、これで果たして儲けがでるのかな?
ここで私はお兄ちゃんを見つめます。


こどもたちに囲まれ、そしてローフィのお母さんたちのような、市場で売買をして生きてきたプロの商売人にしっかり値切られて、それでもお兄ちゃんは西ジャワ特有のゆったりとしたインドネシア語で、交渉を続けています。


交渉中突如居眠りをするローフィのお母さんの体をいたわったりしつつ、井戸端会議行商編の始まり。お兄ちゃんは遂にはたばこをふかしくつろぎはじめたので、私はお兄ちゃんに甘いジャワティを作って出さなければいけないような気がしました。しかしお母さんおばちゃんは粘り強い交渉をまだ続けています。

結局、この商売の仕組みはよくわかりませんでした。以下は勝手な妄想。
・集団で行っていて、移動や滞在、売り上げ等々も管理のもとに、お兄ちゃんみたいな人が何人も働いている。

・ゆったりした話し方につい油断しそうになるこのお兄ちゃんには、もしや各地に恋人がいて、宿泊や滞在諸経費やバイクは問題ないばかりでなく、年間3,4回それぞれに顔を出せるのでライフスタイルにあっている。

・・・・・・

さて夜はスラカルタの町へワヤンを見に。ジョグジャカルタが京都なら、スラカルタは奈良でしょうか。歴史あるこの町では、素晴らしい芸能が盛んに行われています。芸能を学ぶ海外からの留学生も多くいます。
途中で腹ごしらえ。パダン料理。

ソロまで車で約2時間。到着するとワヤン前の演奏が行われていた。


レベルの高い演奏です。大学生のプシンデンも、すでに完成されている感じ。

今夜の演目は、バンジャラン・ブロトセノ、ビモの誕生から最期まで。
5曜と7曜を合わせた35日に一回やってくるJUMAT KLIWONの夜に、こちらTBSでは定期的にワヤンが行われるそうです。
演奏も、建物(プンドポ)もすばらしい。そしてお客さんも沸いている、ほぼ満席。


ダランは、 キ・ウィドド。すごくエネルギッシュで、ワヤンさばきも見事、そして面白いダランでした、すごくうけていた。
ゴロゴロでは、
キ・マンタップ登場!


超有名人です。CMやテレビに出演、日本にも公演に来られたことがある、いつだったでしょうか、馬車にのって町をパレードしていることもありました。彼がどこかで公演となると、車が何台も列になって走ると聞きます。そんなダランの楽団でご活躍のプシンデンが”かのうひろみ”さんという方です。この方もテレビにラジオに本の表紙にと本当に幅広いご活躍がうかがわれます。

さてキ・マンタップはこうして他のダランの公演にも足を運び、トークや、演奏に加わって、場を、ワヤンという芸能を盛り上げ、多くのダランにパワーを送っているのだろうと思います。

ウィドドさんは、パンジャいじりもすごかった。


ダランに遠くに投げられたワヤンを広いにいくだけで会場がバカウケしていました、とぼとぼ歩くパンジャ。そして歌も歌っていた、これがものすごく下手で、替え歌をしたり、キ・マンタップに絡んだりととにかくダランとパンジャと息のあったコントをみているようでした。

スラカルタは近くて遠い、
列車の遅延が減り、交通渋滞が緩和され(高速道路とか?)、もっともっと通いやすくなったらいいなあと思います。

朝。眠い目をこすり、舞踊レッスン。毎日少しずつ発見がある。

おねえさんか誰かが買ってきたごはん。


包み紙には誰かの学習の跡。
古紙の再利用、、、にしてもすごい。こういうところなかなか真似できない。

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